きりのPFCSログ

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【我が音色は律に非ず】 01 - 逸才の逐電

第一話

 あやかしにも百家あり。梁姓アスラーンにも名家あり。帝に仕える一族の長男として生まれたリャン・迅律シュンリーは瑠璃の毛色に珊瑚の瞳、端正な顔と体躯を備え、才色兼備、叡智に溢れ仁義を重んずる子であった。彼は取り分け楽の才に優れ、自国の古歌をそらんじる母に合わせ琴や弦、笛を鳴らすことを幼き頃の幸せとしていた。彼の眼差は龍の如く明敏であり、声色はおおとりの如く清明であった。其れは娑婆を見る視点の鋭さと、未来を切り開く意志の強さを暗示していたかの様に。
 彼にとっては父方の伝統は凡愚であった。帝にさぶらう一族であることを驕っていた様に、彼には見えたのだ。其れでも彼は聡明であった。父の心が間違っていたとしても、父が授ける智に誤りはないと知っていたのだ。その為迅律は世継ぎの為に一通り学も作法も頭に叩き込み、其れに反抗することも無かった。年頃の少年になっても言いつけを素直に受け止める故に、いつか我慢の糸が切れてしまうのではないかと母親が子の末を心配したという。彼は家の掟に幽閉されていた。然し彼はそのような中でも趣味として、父に隠れ読書した書物が有った。
 禁書とものたまわれた5代アスラーン皇帝の梁帝と、同じく5代目のサムサールの皇帝、謝帝の反乱の故事ものがたりである。謝姓サムサールは、一つの感情が欠如し、その呪詛を眉間の瞳に蓄えている。第三の眼光とともに、見た相手は昇る感情の波に押しつぶされるという悍ましいまじないを抱いているのだ。謝帝は皇帝という立場にいながらも「信用」という感情の呪詛を受けていた。此れ即ち、彼は人を信じることが出来ず、皆は目を見てしまえば否応無しに彼を信じてしまうのだ。彼は最高位の皇帝である人間の帝、つまり天帝をも信じることができなかった。平民には皇帝の威厳を出すために瞳を用いることはあったが、厭忌えんきの帝と皇族から罵られることもあり、心を閉じ常に疑っていた。そのような中でも、彼を純粋な友として接し、信じていた妖がいた。5代梁帝。太陽のような赤い瞳と、大空のような青い髪色を持った……そう、迅律のような容姿をした帝である。火行の帝と謂われるだけはあり、その性格は夏の陽光のように熱く、明るい。だからこそ彼は謝帝にも公平に接し、友情を分かち合った。謝帝は彼をも信じるに能わず、されど彼に最上の好意を抱いていた。海のように深い青い邪眼を隠して、彼はその情を受け取っていた。木行の帝、謝帝は梁帝の前で、唯一笑顔を見せたのだ。
 だが其れを良しとしなかった帝がいた、天帝を守護する5代の李帝、取りも直さず精霊の帝である。彼に、彼らの友情の理解は出来なかった。謝帝の光を拝受することも出来なかった。結託して帝の立場を脅かそうと誤解をしたのが悲劇の始まりで、謝帝が宝刀を天帝に献上しようとしたところ、其れを反乱と見做みなし李帝の配下が彼のはらに刃を突き刺したのだ。次に、宝飾に溢れたかぶとを取らせ眉間の瞳を刺した。確かに、彼は擬似的に帝を信用するために、刀を献上することによって天帝を試そうとした。だが其れは確認であり、はかりごとの為ではない。反乱に気づき急いで駆けてきた梁帝は、慟哭どうこくした。血を流し倒れた彼を懐きむせび泣いた。おれの友をなぜ殺したと怒りに震えた。梁帝は、皇帝でありながら武門に長けていた。宝刀を投擲し李帝の配下を難なく殺した。然し其れで、謝帝の生気が蘇ることは無かった。謝帝は驚いていた。瞳の呪詛なしで、梁帝は彼を信じていたことに真に気づいた為だ。そのことに涙した謝帝は最期に、彼の為に詩を詠んだ。其れを梁帝もまた、涙を流し聞いていたという。

「帝に妖なる我等に 人の心がありとせば 邸の庭を駆け遊びし 幼き二人の記憶にあらむや」
(皇帝であり妖怪である我々に人のような心があるとすれば、宮殿の庭を駆け回って遊んだときの幼少時の2人の記憶にあるだろうか)

 天帝は事情を調べ、精霊は誤解を知った。謝罪を繰り返したが梁帝は赦すことはなかった。親友を殺した帝と共にまつりごとは出来ぬと、彼も自害したためだ。こうして謝帝と梁帝は他の帝よりも一代進んでいる、という禁忌の事実に繋がっている話だ。
 なぜ迅律がそのような悲劇を何度も読んでいたのかは本人も分からないであろう。ただ、感情のまま動く帝たちに惹かれていた。時の16代梁帝も、その血が流れていることに尊敬していたが、父のようには成りたくないとも思っていた。自分の本当にやりたいこととは違っていたのだ。迅律は、成長しても音楽が好きであった。その情熱は留まることを知らず、遂に彼は吹っ切れてしまう。彼はよわい17の時に音楽で仕事をしたいと言い家出をした。孝行息子が行った、この上ない親不孝であった。父は怒り、母は泣く。首都心城の夜の世界へ、彼は舵を切ったのだ。

其れは、電脳と芸能の都市の闇への旅の、始まりであった。