きりのPFCSログ

企画「PFCS」のログです。

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【我が音色は律に非ず】 08 - 麒麟児の悪戯

第八話
国名をお借りしました。
長田さん、坂津さん、なんちゅさんに感謝

 昼は学校、夜はアルバイトの迅律に遊糸を構っている余裕はない。寝る前に事情を説明された遊糸も、一応話は理解していた。同居するには条件があったのだ。1つ目、住まいと生活費諸々は負担するが、一週間後からは自分の食費分の稼ぎはすること。2つ目は「迅兄」を敬うこと、そして余計に歯向かわないこと。そして最後、迅律の個人情報を含む私物、取り分け携帯端末とコンピュータには手を触れないこと。理不尽と感じたなら家を出て行け、と脅しまでされてしまえば遊糸も返す言葉が見つからない。渋々承諾し、今朝に至ったのだ。
「つまんねーぇ!」
 即日配送で遊糸の服を取り敢えず注文してやった迅律だが、それは午後に届くと聞いて遊糸は不服であった。服がなければ、暇つぶしに外出することも出来ない。迅律の借りた服では大き過ぎる。何せ6.6寸20cm近くも身長差もあるのだ。ぶかぶかの黒いワイシャツの袖から、指を出した遊糸は電視テレビ揺控リモコンに手をかけた。椅子に座って流れる画面を見つめる。ドレスタニア国立記念公園の美しい情景が写っている波道チャンネル、キスビットにて技術開発に向けて意気込む経営者へのインタビュー、アンティノメルの警察がギャング逮捕に向けて奔走するドキュメンタリー番組。熱魂パイロソウルというヒーローが悪の手下と戦う特撮、がちゃがちゃとスイッチを弄りながら波道を変えていくと、金龍ジンロンというアクションスターが銜尾拳法を扱い敵を蹴散らしていく映画が放送されていた。流れる動作で拳を、脚を動かし、ときに回転し躱しながら痛快に舞う姿に遊糸は釘付けになる。
「すっげー」
 龍人の名残か目の下に鱗、頭に短い角を生やした金龍は壁や机や椅子ですら動くための武器として戦う。遊糸は目を輝かせ、椅子を揺らしながらその映像を見ていた。敵の動きを利用し、素早く拳法を繰り出す。真似をしたくなるが、絶対に出来ない芸当だ。遊糸は興奮し、ぴょんぴょんと跳ねながらこの衝動を何かに生かせないか無意識に考えていた。まず、此の人は誰だろう。銜尾蛇人は調べる時に、互聯網インターネットに繋がった端末やコンピュータを使う。手っ取り早く調べられる装置は目の前にあるのだが、これは迅律のものだ。触ってはいけないという「決まり」がある。然し。靉靆あいたいな過去と乞食の泥を落とせば、彼は元来好奇心に溢れる少年だ。言うまでもなく主電源を入れた遊糸。家用のコンピュータであった為か、口令パスワードも掛かっていなかった。自動ログインしてから光る画面は街を歩く人々の手に持つ端末から覗く、数英寸インチのそれに類似していた。
「どれで調べるんだっけ」
 適当に弄くりだす遊糸。やがて検索エリアを見つけたが、何を入力すればいいか分からなかった。彼は一般常識に疎いというよりも、そもそも一般の人間ではない故に芸能人の名前など、知る由もなかったのだ。んー、考え込む遊糸。まだ昼にもなっていないので迅律にバレることはないが、どうしようと悩む。画面を見つめると、下の方に幾つかのアプリケーションが畳んであることに気づき、マウスを動かした。
「なんだこれ」
 開いたのは迅律が使用している電子音頻工作站DAWのアプリケーション。波形や音階の書かれたデータが並んでいた。彼の作りかけであろう。画面に押し寄せる大量の情報に、混乱しながらも解読を進めようとする遊糸。すると彼は右向きの三角形を発見する。これの意味は分かる。迅律の私服の内、MP3プレイヤー内蔵のベルトにも同じ記号があった、意味は「再生」だ。押してみよう、マウスをクリックする遊糸。かちり、その静寂からの律動は凄まじかった。均衡イコライズ歪みディストーションに、LFOフィルターが効いた複数のベースのえぐい低音。波形を完全に制御し、均衡器イコライザー圧縮机コンプレッサーで底上げされた地に響くバスドラムの鼓動音。細かく切り刻まれ、声碼器ボコーダーで加工されたシャウト。加工に加工を重ねながらも、それに埋もれない芯の有る音を鳴らすシンセサイザー
「すげぇ」
 遊糸は兄貴分の迅律の才能に驚愕していた。興奮冷めぬ遊糸は、次に此のような感情を抱く。
「俺もやってみてー!」
 悪戯小僧の暴挙は続く。彼は何がどうなっているのか、波や旋律の表示された棒やミキサー画面を開いて、エフェクトや楽器の確認をしていった。誰に教わった訳でもない。強いて言うなら、公用語が若干得意なので言語の理解に一役買っているくらいだ。其れを考えても、楽譜の解読の速さは尋常でなかった。
「こーいうことか?」
 机に置いてあった装置の摘みを回すと、フィルターの掛かり具合が变化し音質が丸く、或いは鋭く移り変わる。良い音が鳴る毎に喜ぶ遊糸の暴走は止まらない。彼の服の配送が来ても、もう直ぐ迅律が学校から帰ってくる時間になっても、彼は作曲のアプリケーションに夢中になっていた。
 よって、彼が迅律の帰宅に気づかなかったのも当たり前といえば当たり前だったのであろう。
「ただいま」
 ただいま、と言える迅律はそれとなく嬉しそうであったが、あ、と絶句する遊糸を見て一変する。
「ようみぃっ!」
 まず拳骨を遊糸の頭に一発。あいてっ、と頭を押さえる彼をよそ目に迅律は急いでコンピュータのデータを確認する。
「本気か……?これはお気に入りだったのに……っ」
 顔面蒼白の迅律。気まずい顔をする遊糸。家を追い出される覚悟でごめん、と謝る。
「無事か、確認しなくては」
 装置の再生ボタンを押し、プロ用の音をクリアに聞き分ける紫色のヘッドホンを装着した迅律は、焦るように確認した。遊糸も、加害者である筈なのに緊張している。
「これは……!」
 酷い有様なのか、遊糸が顔を覗く。
「遊糸」
 はい、と怖気づく遊糸。彼は家を追い出されることを確信していた。
「お前、本当に無学か」
 睨みつける迅律。だが、宝物を壊されたというよりは、相手の方が良い宝を持っているときに見せる目だ。
「なんで、そんなこと聞く?」
 心底悔しそうな迅律の顔を見て、遊糸は尋ね返した。

「どうして俺より混成ミキシングが上手いんだ!」
「はぁ……え?」
 状況を理解できない遊糸に再び拳骨が降りる。理不尽だ、と怒る彼に迅律もまた怒りを抑えることが出来ないでいた。声を荒げて叱る迅律。
「いいな、遊糸。コンピュータが欲しければ自分で稼げ!そして曲を自分で作れ!」
「っるせーな、オレが居候の身だからってエラソーな!」
 自分のことを棚に上げ遂に突っ返す遊糸、しかし、お互い原因がすれ違っている気もする。ふう、とため息をつくと迅律は冷静になったのか、彼を見下すように言い放つ。
「……居候を卒業したくば俺を超えろ、遊糸」
 腕組みをし、仁王立ちで遊糸を見る迅律。
「は?敗北宣言してから喧嘩売るなよ!……まぁいい、オレもぜってー負けないから」
 舌打ちしながら、迅律を見上げる遊糸。
しこうして臥龍は起き鳳雛は育つ。その原動力は、いずれ国を変えていくのであった。