きりのPFCSログ

企画「PFCS」のログです。

MENU

【我が音色は律に非ず】 12 - 轍の少年

第十二話



 摩天楼は闇に浮かぶ。蝶は虫籠へ眠る。威忌に強制的に連れられて、迅律は黒燕の真の姿に相見える事となった。
「さぁ、迅律君。」
 蠱幇の若頭アンダーボス、裏社会を牛耳る闇の妖。それが男の正体だ。
「恩を返す番だ。」
 黒い革張りの椅子に座っていた黒燕は、机を挟んで迅律と向かい合って話していた。護衛の為、間に威忌と邪剛が入っていた。異質というより、最早異常な空気であった。黒燕の要望を、条件を付けて迅律は返す。
「貴方との約束は、ただ1つを除き承諾します。」
「そげな言方ゆかたしちょっちゅうこちゃ、厄介やっけな事を省きたがっているにげあね」
 威忌の横入りを黒燕がたしなめる。半ば脅すように、彼は条件を尋ねた。
「たとえ遊糸がどんな存在であっても、危害を与えないで頂きたい。なぜなら俺の弟子で、弟分だからです。」
「無理だね」
 されど、迅律の願いを男は一瞬で却下した。そして、
「頂点は君は一人でなければならないから」
「どうしてですか」
「唯一無二でなければならないんだよ、僕も君も。」
 意味深な台詞を残し、窓の外の夜景ごと男は彼を睨んだ。椅子から立ち上がると、幅広い強化硝子の窓に近づき夜景を見下ろした。光の粒が都の地を染める。素直に美しいと思える光景だ。其の裏の闇で、何が起こっているのかを見なければ。
「人間など、信じたところで……」
 小さな声で切なく呟く黒燕、その声は誰にも聞こえなかった。振り返ると、再び細目の笑顔で迅律の方を向いた。
「"帝に妖なる我等に、人の心がありとせば"、そういう詩があったじゃないか」
 嘗てサムサールとアスラーンが結託して人間の皇帝の失脚を狙ったという誤解に基づく詩をそらんずる黒燕が居たとしても、
「……古歌になぞらえようとも、俺の心は動きません。俺達は帝でもなんでもない、ただの妖怪です。」
 迅律はそう、言い切った。ただの妖怪、という単語に黒燕は笑顔のまま、眉間に皺を寄せた。だが彼の意志の強い瞳を、まるで硝子細工の様に粉々に砕くのが黒燕という男なのだ。
「5代梁帝の血筋を引いて、そんな事を言っているのかい?ご先祖様が泣いているよ?」
 迅律のプライバシーを一切無視した、そして何より血族のしがらみを捨ててでも夢を掴みたかった彼の意思を踏みにじる発言に帝と同じ青髪赤目の迅律は怒りを露わにした。
「……其れは不敬罪です、黒燕さん。否、黒燕!」
 主を呼び捨てにされかっとなった威忌は拳を振りかざしたが、黒燕は冷静に制止した。そして、
「それは君……否、貴様の存在そのモノか、迅律?」
 男が本来迅律に抱いていた"存在意義"其のものを呼ぶが儘に、彼の名を言い放った。然し儼乎げんこたる、其れこそ帝のような威厳を持ち彼は軽く舌打ちをすると闇を睨み弁じた。
「罪だろうが罰だろうが背負ってやる。俺がこうなってしまったことを、お前のせいにしたところで解決はしないからな。だが……!其れを負ってでも、仲間の命を脅かすお前と決別して、俺は俺の夢を叶える!」
 歯をむき出しにして怒るその風貌に、平時の気品を隠した好青年である迅律の姿はなかった。
「……仕方あるまい」
 邪剛に抑えろ、と命令を下す黒燕。迅律は机にうつ伏せに押し倒され、頭を掴まれ無理やり黒燕の顔に合う様に仕向けられた。身動きが取れない。更に威忌の朱姓アルビダとは思えないほどの筋力で固定され、目を瞑ることも出来ない。銀髪の男が頭に巻いていた包帯を外す。邪剛と威忌は顔を背けた。そう、
「君が罪を背負ってもかまわないと言うのなら」
 謝 黒燕、その種族は――
「僕の瞳に廻る因果を知ればいい」

 ほぇー、と間抜けな声がクラブに響いた。菲についていった遊糸。まだ13歳の彼は、人間の年齢制限によって入れなかった事情もあり、実は初めてナイトクラブに立ち寄ったのだ。
「どうだ、俺っちのクラブもすげえだろ?」
「うん。ヒカクタイショーがないからよくわかんねぇけど」
 素直に感動する遊糸。自分の曲も此処で流せたなら。淡い希望を胸に仕舞い、彼は真実を切り出そうとした。
「それで、どうしてオレに帰る家がないっていう話だったよな」
 嗚呼、と菲が返す。彼が脚からジェット噴射する"何か"の火力を弱め、バーカウンターの椅子に腰掛けると、遊糸もそれに興味を抱きながらひょいと隣の席に飛び乗った。
「オレは、乞食だった。親はよくわかんないけど、白い肌の父親ってことは覚えている。捨てられて、必死に生き延びてた所で救ってくれた命の恩人がいて、そいつに曲を教わった」
 そいつの名前は、と菲が尋ねるので迅律っていう男なんだ、と遊糸は返した。まだ無名の彼を知るはずもなく、銜尾蛇にも才人を育てる隠れた教育者が居るのだなと勝手に感心していたが、
「で。なんでオレがここにいるか簡単に説明すると、迅律の就職先が黒燕のところなんだ。それで一緒に過ごしてたオレはなぜか黒燕の連中に狙われて、逃げて、気づいたらテメーのところにいたって感じ。」
 その男が黒燕と関係がある、という言葉に、彼は眉をひそめた。彼はその男を知っていた。遊糸は無論、迅律よりも奴を知っていたやも知れぬ。
「成る程な。お宅も苦労しているんだな」
「うん。だから電子通貨の残高がなくなったらオレはまた乞食に戻るんじゃないかって怖くてさ」
 遊糸は口元は必死に笑顔を作ろうとしていたが、引っかかるような作り笑いになり、菲の心が痛む。
「頼れる所はあるのか?」
 銜尾蛇の弱点を挙げるとすれば、福祉が劣っていることだ。孤児を引き取る施設は、首都心城ですら圧倒的に少ない。身内と"迅律の家"が全滅している以上、彼の救い手は、居ない。
「あったら、いいよな。」
 寂しさを隠せない顔。この才能を殺したくはないが、彼を養子のように養う力が菲には足りない。菲は悩んだ。
「どうすればいい?」
 遊糸は涙目で菲に尋ねた。腕を組んで一緒に考える菲。
「……じゃあ、こう考えろ。"どうしたい?"」
 ううん、と遊糸は唸り、まず雨風を凌げる所に居たい、と述べた。生きるための拠点が必要だった。
「……そうか。なら、ここはどうだ?」
 菲が指差したのは、フロアの床。即ちこのクラブに住み着いていいという許可だ。
「え、いいの?」
 其の事を理解した遊糸の目に、光が宿る。
「ちゃんと条件はつけるぞ?」
「あいあい」
 いつもの調子に戻る遊糸。彼は幸運だった。もう一度、チャンスが掴めたのだ。

 一方菲がここまで気前良く振る舞ったのは彼の才能を捨てたくないから、という理由もあったが、
「どうもアンタの顔を見ると、放っておけなくてな。恩師の顔を見ているようで」
「恩師?」
「……こっちの話だ。」
 彼の生き延びた記憶に、遊糸の面影が重なっていたという"事実"が其処に根付いていた。

――ドクター・レイセク。彼に息子が居るとしたら、こんな顔なんだろうな。
 心のなかで、彼は呟いた。