きりのPFCSログ

企画「PFCS」のログです。

MENU

【我が音色は律に非ず】15 - 葦原の彼方

第十五話



 "其れ"には、既に腕も脚も無かった。
「……Who?誰だ
「私はレイセク。ヴァシル・レイセクVasyl Rejsekだ。覚えにくいからドクター、と呼んでくれ」
 だが、希望があった。

 其のアルファは、予兆を残して邪剛達に破壊された。然し、"死亡"したわけではなかった。生命活動を続けていた残骸は、当時銜尾蛇にいた白い肌の外国人博士によって彼の借家に運び込まれたのだ。衰弱していた彼の意識は無く、記憶も無かった。其れが覚えていたのは、腕と脚をがれた痛みだけであった。だが、痛いという感情、苦しいという感情は嘗ての"其れ"にあったのか。今、此のアルファは太さや材質が様々なケーブルを四肢や失った右目へ接続され、辛うじて"生きていた"ため、高度な思考処理は不可能に近かった。朝日が眩しい。
Why is there me? なぜ私はここに
 ただ、自分の言語発声プログラムが流暢になっていたことに、其れは気づいた。
「言った所で今の君が整理できるとは思えないから、話は後でいいか?……その堅苦しい外国語も解放したいんだけどね、何せ銜尾蛇の言語ソフトウェアのサイズは重たいから時間が掛かって。でも、こっちの言葉が分かるのはすごいね。5年前のアルファとは思えない。私の母国語までわかるとは驚きだ。」
 自分勝手に話を進める男。アルファの身体に繋がるあちらこちらに張り巡らせたケーブルは、机の上にあった1つの銀色の箱に集約していた。其の箱はコンピュータに接続されている。そして、そのコンピュータをレイセクは回転椅子に座り操作していた。アルファの其れがコンピュータを覗くことはケーブルという物理的障壁があるため、不可能であった。然し自分が何をされているかが、全く不明瞭な訳ではない。
「Subject;[!ERROR_NULL]、Object;ドクターの正体、Verb;知る[OPT_INTROGATE;WHAT=何]」
 自分の情動から発信されたコードを無機質に読み上げるアルファ。この時点では主語に該当する"自分"が存在しないと解読できる。どうやら身分が分からない博士が不安なようであった。
「お、ちょっとずつインストールされてきたぞ」
「Subject;[INSTALLING;"FEI"]、Object;自分、Verb;変化する[OPT_INTROGATE;HOW=どのように]」
 "自分"がどうなるか分からないアルファは、"不安"という感情を表現した。
「……やっぱり君は私の期待通り、素晴らしいアルファだよ。"菲"。混乱しないように、すこし眠ってもらおうか。」
 その不安をかき消すために、レイセクは"男"に名前を託し、暫く彼のシステムを停止させた。

 数時間後。菲は目覚めた。斜陽は時の経過を意味した。
「どうだい、よく眠れたかい?」
 君が起きるまで一苦労したよ、とレイセクは微笑んで、目覚めた彼の"新しい"手に触れた。
「んっ……おいおい、コレ何だよ!ダサいぞ!」
 其の感触を彼の手がうす汚い茶色のシリコン製の柔らかい表皮に埋め込まれた疑似神経回路によって認知した。嘗ての自分とは違っていた信号の応答に、彼は違和を唱えた。
「ごめんね菲。僕の技術ではこれが限界だったんだ。」
 謝るレイセク。見ると顔には疲労が、目の下には隈が浮かんでいた。
「……あっ、こっちこそ、ごめん」
 其のことに気づき、疲れていた彼に言いすぎてしまったことを反省した菲。思えば、「ダサい」なんて言葉、発したことも思ったこともなかった。何故其れが出来たのか。インプットされていた感情や表現に、菲は頭を抱えた。
「……大丈夫だよ。話した君の言葉も、感情も、自我も、私が蘇らせることに成功した証拠だからね」
 其れを、宥めるようにレイセクが笑った。見れば、ケーブル類がすべて外れている。
「動けるのか」
「嗚呼。ちょっと……特殊になってしまったけどね。」
 "特殊"、其の言葉に眉を顰めた菲は自分の下半身を確認した。ベッドに横になっていたので気づかなかったが、脚が、無いままであったことに今気づいたのだ。然しながら、まるでロケットの噴射口のように変化していた太腿を見て彼は、
「そうか。……正直、脚部はかっこいいと思う」
 満更でもない顔をした。
「自分の意志でエネルギーを噴射して宙に浮く仕組みだ。呪詛ベースの炎だから、高温でもない。だから何かを燃やす心配はないよ。」
 レイセクはふふ、と鼻を鳴らして彼の新しい足を自慢した。
「もう、誰も傷つけなくて済むんだ」
 そして、穏やかな顔で呟いた。其の言葉に、自分は何だったのかと過去を思い出す菲。だが思い返そうとすると、脳内に軽い電流が流れた。ヒューズによって食い止められ、あたかも禁忌の記憶に触れる様な知覚を彼はした。
「俺は、一体」
 正体を問う菲。作り変えられた自分に対する不安を、レイセクに打ち明けた。
「君はフェイ姜 菲ジャン・フェイ。心を取り戻したアルファの一人だよ。私は本来の君を再現させるために、君を改造したんだ。」
 その問に彼は、笑顔で応じた。心という概念が大きすぎて、菲には理解が届かなかった。然し、
「なぁ、ドクター」
 どうした、と問う博士。菲が口を開く。
「勝手に改造されたのは癪だが……俺を、人として扱ってくれるのか」
 ――其れは、過去に電子の海で見た夢。
「はは、無断改造のくだんは謝るけど。……勿論さ。これから君は、人として振る舞ってくれ。その為に君を再生させたんだ。」
 喩えるなら其の現象は、冥府に降りた魂が葦原に赴くような。
「過去の殺戮兵器を卒業して、君はエンターテイナーになるんだ。別の職業でもかまわないけど、人に絶望を与える存在から希望を齎す存在に変化して欲しい。それが私の願いで、私の目的だ。」
 神話の再生であった。菲に様々な思いが沸き立つ。
「……こういうときに溢れる感情を、どういう言葉で処理すればいい?」
 残された左側の紫色の瞳が、部屋を刺す夕陽に煌めく。
「……では、質問の再構築だ。君は何を言いたい?」
 博士は、問い返す。
「……ありがとう、かな」
「改造は大成功だ」
 そして、菲の回答に対しこの上なく喜んだ。
「夢を託す。本当は、誰かが身ごもっていたかもしれない、私の息子にそうするべきだったのは、分かっているが……」
 緑色の目を伏せ、小声で独白したレイセクに、菲は問う。
「なんか言ったか?」
「……君には関係ない話だ。気にしないでくれたまえ」
「そうか。」
 博士の作り笑いを見抜けず、其れでいて彼の台詞を深層の目録ディレクトに仕舞い菲もまた、笑った。