きりのPFCSログ

企画「PFCS」のログです。

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【我が音色は律に非ず】16 - Different Now

第十六話



 話を聞いた遊糸は、博士と同じ姓である自分の本当の名前を隠して、菲に言い返した。
「そうか。その男がレイセクっていうんだ。」
「嗚呼。俺っちをこうしてくれた、恩人だよ。」
 菲は清々していた様に見えたが、話しすぎたな、と呟くとバツの悪い顔をした。
「黒燕は、その頃からサイテーな奴だったんだな」
「……奴の所業は、な」
 意味深に菲は返す。愈々いよいよ痺れを切らした遊糸が、声を荒げた。
「なぁ、菲。どうしてそこまでして黒燕を庇う?」
 彼は逃げてきたとはいえ、心の奥底では迅律の救済を望んでいた。故に菲が黒燕にも訳がある、と弁護する言い方に苛立ちを感じていたのだ。
「理由を話しても構わんが、」
 ツートンカラーのドレッドヘアを掻き上げ、菲はため息をつく。
「おたくの信念が揺らいだら、と思ってな」
「そのくらいで揺らがねーよ。オレは本気だ」
 然し、あっさりと跳ね除ける遊糸。だが食い下がらない彼に対し、菲は興味なさそうに……少なくとも自分は興味を持っていないから無駄だと表現するかの様に返した。
「ああ、そうか。だがなぁ。今はそれより、アンタにやってほしいことがあって」
「何だよ」
 勿体ぶるな、という遊糸の不満をかき消す魅力を、彼は提案した。
「ディスクジョッキーだ。」
「……でぃすく、じょっきーって」
 無知ではあるまい、とターンテーブルのある所まで移動する菲。無骨な黒いボディの間にネオンライトの様に光る細かい操作機構と円盤状の装置のセットされた其れに、遊糸の目が輝く。
「マジ?これ、いじっていいの……?」
「いじるじゃない、操るんだよ」
 菲が訂正する。彼に期待を寄せた故の許可だった。
「ぶっ壊すなよ」
「やり方教えてくれたらがんばる」
 あー、と言葉を止める菲。教えろとせがむ遊糸だったが、彼はあくまで"所有者"であって操縦者ではないことを彼は告げた。じゃあどうすればいいんだ、と聞く遊糸。
「今晩な、DJの人来るから、その人達を参考にしてみろ。話は言っておくから」
 ほんと?と再び顔を上に向け喜ぶ遊糸。純粋さに後ろめたくなるほどであった。
「世界を変えようとしたいなら、世界を知れ、ってことさ」
 だが、罪悪感に蝕まれる程この界隈は白くない。
「……ところで、菲はその時なにしてんの?」
 純粋故に、ありのまま疑問をぶつけた彼に、菲は貶々眼ウィンクをして(尤も、ウィンクできる目は1つしか無いため結局成立はしないのであるが)答えた。
「まぁその時までのお楽しみってヤツにしとけ」

 一方、迅律の心は死んでいた。彼自身は傀儡として精一杯生きている。
「卒業前に出さなければならない曲の製作は終わった、こういうのは流れに任せて一気に作ったほうが良いからな。あとはマスタリングすれば大丈夫だ。」
 然し其れは、"充実な生活"の皮をかぶった、
「これも、黒燕さんのためだ。」
 人生の呪縛であった。
「さて、デビュー曲のベースラインを考えなきゃな。凝っていて、なおかつ邪魔をしない流れを……」
 自室で電子音頻工作站DAWを操り、鍵盤を叩き音を確認していく迅律。ふと、頭に想いがよぎる。
「遊糸ならどのように作るかな……、ん、」
 大事な弟子の名前が浮かぶ。だが、
「遊糸……?」
 思い出せない。思い出してはいけない。それが誰であったかを。彼は黒燕に洗脳に近い形で"弟子"の記憶を消されていたのだ。
「まぁ、いいか。」
 閉ざされた記憶を再び埋め直し、迅律は作業に戻った。日は沈み、夜は始まりを告げる。其のような時間であった。

「W-W-Welcome 2 the Soaring Grove in Xin-Cheng心城!」
 時を同じくして、菲のナイトクラブでイベントが始まった。自らの声に内臓したエフェクターを付け、流暢な外国語でマイク越しにパフォーマンスをするアルファがいた。派手な腕輪に、金の鎖のネックレスをし、黒いTシャツに存在しない下半身から噴射される紫に光るエネルギー体。其れとツートンカラーのドレッド頭。遊糸が圧倒されていた彼こそ、
「菲……」
 彼の今の姿だ。唸るベース、鋭く刺さるシンセサイザー、蛇のように側鏈サイドチェインを動かし打ち鳴らされるされたグルーヴ。遊糸は喧騒ながら、興奮させる曲達を違和感なく繋げ盛り上げるディスクジョッキーの姿に釘付けになった。其れに彼だけではなく、
「Yo-Yo-Yo-Yo! Put your hands up!お前ら、手を上げろ!
 菲の場を盛り上げるセンスと技術にも、夢中だった。遊糸もその周りの人間や妖怪たちも跳ね上がり、踊り狂う。抱えていた悲しみも寂しさも吹き飛ばす、不思議な空間であった。
「We SHINE with Xian-Wei-Sheeeeeee!」
 俺達は此処で輝く、という言葉をシャウトする菲。客の盛り上がりも最高潮に達していた。こんな世界があるなんて。遊糸も、夢中で彼らの姿を見た。この状態においても冷静に曲を操る様子は、嘗ての迅律と重なる。
「多分、オレが描く未来は……」
 そして彼は躍動する世界の中で静かに、その先の希望を夢見た。