きりのPFCSログ

企画「PFCS」のログです。

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【我が音色は律に非ず】17 - 捲土重来

第十七話



「今日のランキング~クラブ部門の首位を飾ったのは、煌々と輝く期待の新星!梁 迅律Liang Xun-Lu!」
 夜になり人の少なくなったファストフードショップのラジオから流れるヒットチャート。其れは、迅律の事実上のデビュー曲であった。
「迅兄……」
 遊糸はハンバーガー片手に呟く。菲との出会いから、半年が経過した時のことだ。彼は菲のクラブから様々なことを学んだ。ターンテーブルやミキサーの使い方、シーンの切り替え方、MC、つまり菲との息の合わせ方といった技術的な事。様々なクラブ内でのトラブルに巻き込まれて知った人間や妖怪の性質。そして、
「遂に動き出したか」
 菲から知った、"奴ら"の強さも。
「素直に、喜びたくない。」
 だが、遊糸は其れに屈服するつもりはなかった。それでも動けなかった。結局自分一人では何も出来ないという焦燥があったから。
「俺もそう思う。だから、」
 お前の曲で師匠を超えろ、食料からから代謝することが可能になった菲もハンバーガーを頬張りながら、そう助言した。だが彼も分かっていた。
「ダメだろう。奴らは」
 遊糸は菲の悔しさを理解した上で、遮った。曲の実力だけで勝てる相手じゃない。相手は迅律ではない、ランキング操作などいとも簡単にやってのける様な、放送局や芸能界すら牛耳る黒燕だ。其れに、
「オレにはやっぱり、迅兄が必要なんだ……!」
 師弟を超えた強い力が、未だ、途絶えていなかった。まだ、諦める算段は無いのだ。

 心城の高級料亭。少し暗めのライトが雰囲気を醸し出す店内。絢爛豪華な金の装飾を施した赤いテーブルクロスの上には国中から集められた海や山の食材を豊富に使った、見るも鮮やかな料理が並べられていた。
「祝杯だ、迅律くん。」
「ありがとうございます。」
 彼と迅律の野望の到達への一歩に乾杯、と卓を囲み迅律と黒燕はグラスを鳴らした。
「僕だけで悪いね」
 黒燕の盃に揺蕩う澄んだ水の様な液体は、人間なら倒れる程強い度数の酒。
「はは、構いませんよ。私もあとニ年です。」
「とは言えね、コレはすぐには勧められないねぇ。癖が強いからね」
 目を細め笑いながら酒を飲む黒燕の隣で、美しい所作で食材を口に運ぶ迅律。家柄は伊達ではない。然し、此処に居るのは、
「貴方の勧めたモノなら、私は何でも享受しますよ?」
「そうか。……いい子だ。」
 黒燕の言葉にも微笑んで対応するような彼は、最早彼では無い。

「思い出した、菲、ちょっと野暮用」
 夕食を済ませ、店の帰りに遊糸が言う。
「欲しいものがあったんだよ」
 ごめん、と言うと菲の許可なしに夜の街を急ぎ足で駆けた。おい待て、という菲だが、止めようとはしない。
「何を忘れたかは知らんが、あいつは頑固なところがあるからな」
 菲は"其時"はあまり彼のことを気にせずに、反対の方角ヘ歩き出した。遊糸もまた、平時を装っていたからだ。判明させたくなかったのであろう。"欲しいもの"の正体を。
「許せ、菲……分かっているけど、オレは許せないんだ」
 行き先を見破られないように蛇行して彼が進んだ先は、黒燕の本拠地と言われるビルであった。単騎突入、其の危険さは計り知れない。
「待ってろよ、迅律。」
 だが、彼を止めることは誰にもできなかった。

 同じく食事を済ませ、高級車の後部座席に乗った2人は、今後を話していた。
「さて、次の仕事だよ。迅律くん。」
 夜の街灯とネオンサインの中を、静かなエンジン音で走る。車内へ斜めに照明が入り、黒燕の肌を照らす。彼は闇の向こうの虚無なる光を見ていた。
「此処で満足するわけにはいきませんからね」
 迅律の赤い瞳が、入射した光に輝く。そうだね、と頷く前に黒燕に通信が入る。
「……構わん。柔く相手して泳がせておけ」
 何かの連絡のようだった。彼は急に鋭い顔になったが、すぐに平常を戻し、迅律に話しかけた。
「君の可能性を、僕は信じたいんだ。」

「おっ、あっさり入れた!」
 黒燕の本拠地とされるビルは、不気味なほど侵入が楽であった。
「でも、あそこにいるヤツ、銃持ってる……」
 エレベーター前の護衛の男に気づかれないように、遊糸は階段の場所を探した。其れにしても、見張りが少ない。タイミングが良かったな、と彼は一歩飛ばしで階段を駆け上がった。この調子なら、エレベーター前に居ない階があるかもしれない。其処を狙おうと彼は目論んだ。罠だろうと、彼は気にしなかった。最後にあいつにあえればいい、其れほどまでに彼は迅律に会いたかったのだ。
「あった……!」
 6階のエレベーターホールには誰もいなかった。見ただけでも20階以上は有る建物だ、これ以上体力を奪われたくないと直ぐに遊糸は上りのボタンを押した。高速で降りてきた其れに飛び乗る。
「えっと、45階……か、」
 最上階のボタンを押した遊糸は、誰にも出会わないことを願って上昇するエレベーターから見える夜景を背景に緊張感を高めていた。
「今、行くぞ。」
 "奴のいる階"のドアが開くと同時に、警備システムのけたたましいアラートが鳴り響く。見張りが3人ほど集まり銃を遊糸に向けたが、手から雷光を繰り出し相手の目を怯ませ、其の隙に逃げる。昔の様に、銃口に恐怖し動けなくなる自分とは、明らかに違っていた。
「迅兄は、オレが救う!むかし迅兄が救ってくれたみたいに、今度はオレが恩返しをする番だ!」
 彼は覚悟を抱き走る。目的地を探す。そして黄銅製の取っ手を回し、重厚な雰囲気の木の扉をこじ開けた。其処に居たのは。
「迅律!」
 "戻ってきた"迅律と、黒燕。更に遊糸に衝撃を突きつけた邪剛、彼を追った威忌。また厲伏と彼の部下にあたる幹部が皆、揃っていた。さらに数人の構成員もいた。今まで居なかった分の人員が、ここに集結している様であった。
「部屋に入る際はノックをしたまえ。遊糸君。」
 そして黒燕は、笑っていた。恰も此処に来る事を最初から分かっていて、歓迎するかのように。

「遊糸のヤツ、帰りが遅いぞ……何やってんだ」
 一方菲は、定休日のナイトクラブに戻り、端末を操作しながら彼の帰りを待っていた。
「……まさか、アイツ、」
 嫌な予感を感じながら。