きりのPFCSログ

企画「PFCS」のログです。

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【我が音色は律に非ず】19 - Dive in the Future

第十九話


「このっ、どアホがーっ!」
 轟音と共に階段を高速で昇っていく声の主は、間違いなく彼であった。
「菲!」
「心配かけやがって!」
 乱暴に言葉を吐き捨てつつも、菲は邪剛を避けながら迅律と遊糸の2人を両脇に抱いて上昇した。
「お、おい、誰だ君は」
 急変した状況を飲み込めない迅律が、彼の名前を尋ねたが、
「遅れてやってきたスーパーヒーローさ!」
「大丈夫迅兄、オレの友達だ!」
 冗談をかまして、宙に浮きながら2人を運んだ。
「おい、そっちは行き止まりだぞ!」
 迅律の言う通り、彼が向かっているのはガラス張りの部屋であり、降りる通路には通じない。
「黙ってろ!それ以上喋ったら手を放すぞ!」
 だが、彼は戻る気配すら感じさせぬ。其れどころか目的は部屋に行くことらしい。道を塞いだ舎弟を上昇して飛び越え、青い絨毯から一面の夜景が望める部屋に着いても、菲は動きを止めようとしない。
「遊糸、電撃で窓ガラスを割れ!」
「え、菲!何言って」
 突然の提案……というより命令に、遊糸は戸惑ったが、
「早く!」
 此のままでは激突する。菲の必死さにも応じて、急いで雷霆を窓ガラスにぶつけた。頑丈な硝子が音を立てて飛び散る。
「俺っちにつかまってろよ、2人とも!」
 そして、菲は割れた窓に向かってさらにジェット噴射を加速させた。
「冗談だろ?」
 怯える迅律。
「菲、テメーまさか」
 おののく遊糸。
「そのまさかだ。本気と書いてガチだね」
 現在、黒燕の拠点、高層ビルの40階。此処から、銜尾蛇の夜空と夜景を目掛けて、
Parkour Mode, Ready空中遊戯形態、準備
 急降下だ。
「落ちるぅっ!」
 速度によってはショック死しかねない落下の衝撃を計算する様に、エネルギーのジェット噴流を調節し"比較的"ゆっくりと降下していく。泣き言を言う遊糸はそっちのけで菲は真剣だった。
「最大出力ッ!」
 野郎3人分の重さを限界まで出力した推進力で受け止める。上は宵闇に満月、下は照明が織りなす光の絨毯。歌が出来そうな程情緒ある光景だが美しいなどと言う暇も余裕もない。落下地点に何もない事を確認しながら、高いエネルギーを維持して地面に近づく。
「よっと」
 菲が2人を手放しても大丈夫なぐらい地面に近づくと、彼らを解放した。
「……これがアルファの力か、兎も角、多謝する。」
「うーん、ヒーローパワーとかのほうがいいな。それと」
 感謝を述べる迅律に、礼を言う相手が違うぞ、と菲は返す。
「俺っちは勝手に出ていったことを叱りたいけど」
「否、遊糸は賞賛されるべきだ。ありがとう。」
 素直に弟子の勇気を喜ぶ迅律に、照れる遊糸。
「えへへ」
「えへへじゃねーよ」
 そして、彼に小突く菲。フードは外れていて、短い茶髪をがしがしと掴まれた。
「……それで、アンタが」
 だが、其のような仄々ほのぼのした雰囲気は菲の一言で一変する。
「遊糸をこんな目に合わせた原因だな」
「お、おい!菲!」
 鋭い目つきで脅す彼を、遊糸が宥める。
「……御尤も。俺こそ嘗て黒燕の元で楽を売った、」
 覚悟を決めた瞳で、青髪の男も返す。
「梁 迅律だ。」
 菲が舌打ちをしながら、不服を口にする。
「あのクソ野郎に尻尾振りやがって。ほんっと、殴りてえ面」
 殴る構えを取った菲にやめてくれ、と遊糸は止めようとする。
「此の件の事については謝罪する。然し……」
 集まりつつあるマフィアと警察で、騒ぎ立てる周囲。面倒なことになるのは間違いない。
「今は詫びる時間がない。先を急がないか」
「そうだよ、迅兄の言うとおりだよ」
 菲はふん、と不満そうな鼻息を鳴らした。摩天楼を後にする3人。首都心城の闇は、いまだ聳え立つ。

「逃したか」
 その楼閣に、逃げていく迅律達を悔しがる男の姿があった。
「申し訳ありません、黒燕様。」
こらいやったもんせお許し下さいおいの不手際で!」
 部下達も陳謝を繰り返すが、彼の不穏たる感情は隠せず、消えず。
「いや、君らを責めるつもりはない。……僕が甘く見すぎていたんだよ。」
 へし折られた自分の野望に、その青い目を開き煌々と夜を睨んだ。
「黒燕様……」
 厲伏も、申し訳なさそうに見えぬ目を伏せた。
「毒は未だ、尽きていないさ」
 其の彼女を慰めるように、男は彼女の肩を撫でた。
「たった1つの返り討ちで、僕が引っ込むとでも?」
 ……どうやら男は、諦めた積りは無いようであった。

「お宅が師匠面してるのが気に食わないだけだ」
 路地裏で3人が並んで菲のクラブハウスへと向かっていた。もう迅律に帰る家は無かった為だ。相変わらず不服そうな彼の台詞に、迅律が弁解を試みる。
「待ってくれ、俺はそんな偉い人間じゃ」
「そうだ、世界の知識も器も無いくせに遊糸を見下した」
 堂々と批判されたことの無かった迅律は戸惑いつつも、反抗した。
「違う!」
「嘘をつけ!散々黒燕に媚びて来たんだろう」
「ちが……」
 否定しきれなかった。いくら呪詛の力があったとはいえ、目先の欲に負けたことは認めざるを得なかった。弟子を庇ったことは間違いない。然し、彼らの呪縛と誘惑を振り切れなかったのは、自分の弱さが原因だ。
「菲、これ以上迅兄を」
 責めないでくれ。痛めつけないでくれ。遊糸は懇願した。
「……おい、迅律」
「何だ、菲」
 お互いに名前を言い合ったのが、こんなに険悪な状況だったとは。
「これからどうするつもりだ」
「菲、かばわないのか」
 未来を訊く菲。遊糸は助けてやれと願ったが、
「冗談じゃねえ」
 あっさりと否定する。
「大丈夫だ。腹立つ他人に迷惑を掛ける程俺も子供じゃない」
 然し其れを全く気にしないように、何か吹っ切れた様に迅律は笑う。何処か、闇を含んだ笑みだった。遊糸は、今まで見たこと無いような迅律の顔にたじろいだ。
「野垂れ死ぬつもりか」
 菲も鼻で笑う。
「黒燕の野郎から言われたんだよ、この仕事は女にモテるってね」
 明らかに、邪悪な世界を歩いてきた男の声。
「……ほんっとお前は」
 クソだな、嘲る様に、そしてどこか親近感を得られて安心したかのように彼は呟いた。
「なぁ……迅兄、菲、いいのか?」
 明らかに様子が変わった2人に、再び戸惑う遊糸。
「拠点を掴むまでの辛抱だ」
 迅律は答える。決して歩みを止めずに。