きりのPFCSログ

企画「PFCS」のログです。

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【我が音色は律に非ず】20 - 世に咲く白三葉の如く

第二〇話




 大脱走から2週間経過した。菲はクラブの経営をしながら、遊糸はDJをやりながら菲のクラブで寝泊まりする暮らしを続けた。黒燕の手から離れるために実質家を失った迅律はというと、
「何時までジゴロ生活を続ける気だ、クズ野郎」
 ナイトクラブで女を口説き、事情に甘えて寝泊まりをするという生活を続けていた。その堕落しきった態度と、彼が自分よりも顔立ちが良かったのが悔しかったのか、菲は彼に暴言を吐いた。
「底が見えていれば、あとは這い上がるだけだろう。夢を諦めるつもりはないし、お前にクズ呼ばわりされる筋合いもない。」
 昨晩の色香を残しながらも、自分と、"自分の側を否定できない菲"を嘲笑いながら迅律は言うた。
「女に媚び売って甘えてる男の台詞とは思えねえな。黒燕にもさぞ甘やかされて来たんだろう」
 鋭利な言葉が飛び交う間で、遊糸が不安そうに2人を見やる。
「その男を引き合いに出すか……奴の過去も知らずに、よくそんな口が聞けたものだ。」
「あ?修羅場潜ってきた俺が知らないとでも思ったか?」
「もう、2人ともやめてくれ!」
 陰険な雰囲気を押し破ろうと遊糸が止めに入った。彼にとっては何方も憧れの存在であったため、この有様を見ていられないのだ。流石に少年の前で大人げないと、彼の嘆願により双方とも平常心を繕った。
「オレが黒燕のこと知らないからってチョーシ乗んな!」
「遊糸、すまない。だが、お前には本当に関係ないだろう」
 迅律が宥める。然し遊糸は突っかかる。
「関係あるね。迅兄がそこまでダメになった直接の原因だろ」
 舌打ちする迅律。皇帝のお使いの息子の過去を持っていたとは思えない態度である。
「俺っちもいずれ話さなきゃな、とは思っていた」
 菲も遊糸に加勢するかのように、意見を合わせる。
「……お前は何を知っていると言うんだ」
 迅律は彼が殺戮兵器であった過去を知らぬ為、純粋に問うた。
「蠱幇と、奴がそこを狙った理由だ。」
 其れに対し菲は、ひねくれず素直に口を開いた。

 此れは、国家の所有物、此処に居るは国の頭也。小太りの男と長身の赤い角を生やした女性が、建物の高階にある執務室に立っていた。
「蠱幇の弱体化の為には透明化された外交と彼の存在が必要だ。」
 男は難題を解決する手口を探るかのように、言葉を紡ぎ出す。
「其処で君に任務だ。某国外交官との交渉による蠱幇への輸出制限、そして」
 男は葉巻を吹かしながら、無機質な室内から銀色の鉄柱が並ぶ銜尾蛇の景色を見る。
「彼の右腕、"梁 迅律"を始めとした我が国の音楽家から事情聴取だ。」
「御意」
 鬼の女性は、拱手きょうしゅの形を取り一礼すると、真剣な眼差しで男に顔を向けた。
「後者は我々の管轄外となる為、警察の監視下も入るであろう。」
 任務の複雑さを、張り巡らされた街の仕組みが語る。
「若い君に課せるには些か重い任だが」
 難易度の高さは、窓に見える果てしない蒼穹にも匹敵するであろうと語る。
「いいえ、私にとって大変名誉でございます。」
 だが彼女は、その太空を舞えるだけの翼を持っていた。
「そうか…そうだな、年齢を挙げるのは申し訳ないが……鬼の君には知勇経験の生きる適切な時期であろう。」
 だからこそ、男も期待していたのだろう。短命ながらも強靭で聡明な"鬼"である彼女の名は、
「臨時外交理事、王 梔花。身命を賭し我が国の栄光の為、責務にあたらせて頂きます。」
 戦いは、始まったばかりだ。

 "蠱幇"。蠱毒の秘密結社の名の通り、残虐非道を極めた邪悪なる組織である。妖怪売買、麻薬の取扱、凶器兵器の密輸入。其の財政力は国を蝕む。黒燕が傘下に入ってからは、銜尾蛇の要とされる芸能界への参入が盛んとなり、脅威は肥大化した。嘗ての迅律も其の"武器"として扱われた。菲のような武力から、彼のような影響力による国の支配へと黒燕は舵を切る策謀を練ったのだ。
 元々、蠱幇は妖怪達が人間よりも不当な扱いを受けているという異議申し立てプロテストを基に、50年程前に作られた組織であった。少数民族として妖怪差別の存在した銜尾蛇の過去は決して明るくない。今でこそ平和であるが、5代謝帝を始めとした呪詛を持つ彼らが不当な扱いを受け邪険に扱われた時代が、つい最近まで存在したのだ。その恨みが彼らを闇の世界に走らせ、何時しか混沌が生まれた。但し其れは迅律、更には黒燕の世代には消えていた筈であった。
 法改正や意識の改革、若者の新たな価値観によって妖怪は復讐心を捨て発展の為に人間や精霊と共に歩む予想図を描いていた。だが、黒燕は違った。しこうして混沌を選んだ。組織を自分の色に染めて、復讐を果たすと誓った。其れだけである。
「黒燕にも、嘗ては人間の友達が居た。あんなクズ野郎にも、昔は希望はあったんだろうな。だが奴が妖怪、其れも反逆の帝に目が似ているという理由で理解のない友人の家族が、世間が、友情を引き裂き、俺達が生まれるずっと前の時代みたいに、奴を差別した。常軌を逸していた度合いだったんだろうな。黒燕の母親は心労から精神障害を発症、そのまま自殺したそうだ。だからあいつは取り分け人間が嫌いなんだ。……奴が包帯で隠しているのは、何も第三の目だけじゃねえ。心の傷も隠している。」
 菲は、過去に囚われている人々を挙げる。
「奴は、何も人のために何かをする感情が欠けているだけではない。俺における遊糸のように、一緒に笑い、泣き、未来を歩く"人間"が居なかったんだ。孤独が彼を変えてしまった。」
 迅律は、未来を奪われた黒燕の経歴を話す。
「奴の所業について肯定する気は一切無え。だが、奴が芸能の素質があり帝の血を引く"妖怪"の迅律と本来の蠱幇の目的を利用して、妖怪が優位に立つ社会を作りたかったのは間違いねえ。皇帝だろうが国だろうが全てを汚してでも、恨みを晴らしておきたかったんだろうな。」
「本当に身勝手な奴だ。……其れに、彼が手段を選ばない性格であり、同時に選択肢が1つしか残されてなかったという事情もある。」
 影響されるなよと遊糸に釘を刺しながら、菲と迅律は言った。
「なぁ、迅律、菲。」
 遊糸は、複雑そうな、そして悲しそうな表情で2人に問うた。
「オレの描くオレたちの未来は、優位な人間側の身勝手か?」
「それは、一体?」
 迅律は尋ねた。
「世界のみんなが、それこそ立場とか身分とか種族とかカンケー無しに、笑顔になる曲を作る仕事をすること。」
「いや、驕りじゃねえよ。遊糸。」
 菲が代わりに答える。
「音楽、それは俺達にとって、最高の、最強の武器だから。」
 迅律も、少し笑みを浮かべる。
「……なら、やり直さねえとな。いろいろと!」
 笑顔の戻った迅律に、破顔する遊糸。世界は再び、胎動を始める。