きりのPFCSログ

企画「PFCS」のログです。

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【我が音色は律に非ず】26 - 膓を抉る蟲

第二六話

 残金で商用飯店ビジネスホテルに泊まる迅律。此れで、金で暫くは悩まないだろうと思い切って選択したのだ。又、彼には睡眠が必要であった。

 迅律の端末からパンダぽんの鳴き声を模した剽軽ひょうきんな着信音が鳴る。もしもし、という応対すら相手はしなかった。
「……迅律、アンタの野望で」
 電話の主は、柄にも無く真剣な菲であった。
「奴は殺せるか?」
 其れは、復讐を誓うか、というあまりに極端すぎる問。
「さぁな。」
 ヘラヘラとした声だが、
「殺す以上に安全な選択肢があるならば、俺は其れを選ぶ」
 その後続いた言葉は重い。然し、菲には通じない。はぁ、と語尾を上げて疑問を示す。
「アンタの生ぬるさで遊糸も瑪鱗も危機に面したんじゃねえのかよ、偽善者」
「殺しが正義だと?相変わらずお前は殺戮兵器から卒業できていないな」
 刺々しい言葉が飛び交う。譲らない、噛み合わないお互いの正義が其処にあった。菲!と窘める遊糸の声が受話器越しに聞こえた。
「其の、法律や組織とやらを破壊することが音楽家としての正義か?」
 嫌味を交えて迅律は聞き返す。
「綺麗事が通じる相手じゃねえんだよ」
 だが、菲も頑なに意見を変えようとしない。
「1つ忠告しておく。例えお前がお前自身の組織を作り上げたとしても、俺はそれには入らない」
「勝手にしろ。意志の違う者を雇う気はない。」
 乱暴に通話を切り、ふう、とため息をつく。会社を立ち上げたとして、付いてくる人は居るのか。運営は出来るのか。梔花の支援もあるといえばあるのだが、あくまで彼女は背中を押すだけで、歩いていくのは自分たちだ。ランキングで1位を取った自分の知名度は確実だが、実力が本物かどうかはわからない。つまり……不安だった。夢と同じ大きさだけ、伸し掛かるプレッシャーと恐怖は大きい。そこを意地で貫き通せる力を持てるとしたら、
「遊糸、あいつはどう動くのか」
 彼次第かもしれぬ。ある意味、彼に甘えたかったのだろう。迅律は眠れない種族であることを堪えながら、ベッドに入った。

翌朝。梔花の悲痛な声が会議室から聞こえてきた。
「そんな、上官!」
「……すまない、梔花君」
 国家の上層部が闇黒を帯びてうごめく。何と、対蠱幇政策が頓挫したというのだ。其れどころか。
「我が国の自由貿易協定の緩和が可決され、交易時のステップを省略出来るようになった。此れは海外輸出入を自由にしたいという民が望んだことだ。だが奴らは完全に付け込むだろう」
「迅律のパトロンは暗殺未遂、XRPACの設立。認めたくはないが、」
「恐らく此のままでは……」
 うむ、と上司は頷き、最悪のシナリオを告げた。
「銜尾蛇は文化と頭脳によって成り立っている。蠱幇が、其の文化を奪い、其の頭脳を殺す。」
 どうすべきか迷う上司や責任者達の前で、梔花が質問した。
「何故、誰も蠱幇に直接向かわないのですか」
 其れは怒りに似た感情。何故其のような初歩的な質問をするのだ、と不服な上層部。
「梔花君。分かりきっているだろう。彼処は危険なんだ」
「国が危険になる前に、何故動けないのです」
 普段は忠実に国務に従う彼女が、遂に反抗を始めた。
「……我々も本当はそうしたい。だが、上が」
「板挟みになっているのは百も承知です。ですが、もう時間が無いのでは」
 責任を投げつけ合う、組織の本質に辟易しながらも、
「しかしだな……」
「無論、皆様を蠱幇にご案内することは致しません。」
 一呼吸おき、梔花は衝撃的な提案した。
「私単独で、任務にあたらせていただきます。」
「梔花君!」
 上司からの怒りの声。自分勝手さと、無謀さを咎める。
「もし私の提案が不服でしたら、私を退職してくださっても構いません。」
 真剣な眼差しで、会議室の奥を見つめる。本気だ。
「……其れでも、私は国を救いたいのです。」
 悲しみを振り切って、告げた言葉。
「いやしかし……!」
「行け。」
 無線を通じて聞こえたその声は、上司のそのまた上司……即ち、
「大臣!」
 梔花が、皆が驚く。声の正体は銜尾蛇外務大臣の声だったのだ。今回の会議はモニタリングされていて、上階で管理していた彼が呼びかけたのだ。
「……もし此処で死亡者が出ましたら、国際問題にも成りかねません!」
「既に問題は起きている。彼女の力が無謀だとしても、勇気がなければ此の問題は解決しない。」
 威厳のある声まだ此の国に、希望はあるのか。
「梔花君の正義を、皆も見習ったらどうだ。」
「は、はい……」
 切れる通信と共に、梔花の上司が仕方なく答えた。
「君のために警備隊を配置するから、蠱幇の本拠地へ共に向かいなさい。呉々くれぐれも無謀なことはするなよ!」
「了解です。命をかけて、任に応らせていただきます!」

 その夜、官僚御用達の高級料亭にて、黒燕と席を共にしていたのは、
「我々のプロジェクト完成に向けて乾杯としましょうか」
 梔花の提案を承認した外務大臣であった。
「随分大胆なおびき寄せですねえ、黒燕君」
「大臣こそ、職権乱用もいいところですよ」
 ははは、と大臣が笑う。最高機密の空間で話される、どす黒い野望。
「我々の顔に泥を塗った責任はちゃんと負ってもらいますよ?」
「お宅の組織の膿を潰すだけじゃダメかなあ?」
 仕方ないね、と渡された封筒には数桁に渡る金額の書かれた小切手。大臣は当たり前のように受け取った。闇に動く金、人、思惑。蠱幇の毒蛇が国を呑む前に、果たして迅律達は動けるのか。